大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和47年(ワ)4133号 判決 1975年3月10日

原告

株式会社ヤシカ

右代表者

宮田義弘

右訴訟代理人

阿部昭吾

外二名

右訴訟代理人両名輔佐人弁理士

吉村悟

被告

ペトリカメラ株式会社

右代表者

栗林敏夫

右訴訟代理人弁護士

旦良弘

外一名

右訴訟代理人弁護士

旦良弘輔佐弁理士

旦六郎治

外一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判<略>

第二  請求の原因

一、原告は、左記(一)の実用新案権の実用新案権者であり、また、左記(二)の出願公告にかかる権利の権利者である。

(一)  考案の名称電気シャッターに於いて手持ち撮影限界を表示する装置

出願日 昭和三八年六月六日

(実用新案登録出願昭三八―四四二五四四)

公告日 昭和四五年六月一八日

(実用新案出願公告昭四五―一四五四五)

登録日 昭和四六年六月九日

登録番号 第九三〇八二一号

(二)  考案の名称 電気シャッターに於ける調時値予知装置

出願日 昭和三八年六月六日

(昭和三八年実用新案登録出願第四二五四四号の分割出願のため原出願日援用)

公告日 昭和四四年一一月一〇日

(実用新案出願公告昭四四―二六八六一)<以下略>

理由

一原告が本件実用新案権の実用新案権者であり、かつ本件仮保護の権利の権利者であること、本件甲、乙各考案の実用新案登録出願の各願書に添付した明細書の登録請求の範囲の項の記載が請求の原因二、(一)、(二)の項のとおりであること、被告が被告製品を製造販売していることは、いずれも当事者間に争いがない。

二本件甲、乙各公報によれば、本件甲、乙各考案の構成要件は、次のとおりであることが認められる。

(一)  本件甲考案

(A)  被写界明度に応じて抵抗値が決定される光導電体Pを通じて充電されるコンデンサーCの端子電位を比較検知して作動するトランジスタT1及びT2等からなるスイッチング機構の制御下に置かれた電磁石Mによつてシャッター動作を規制するようになした電気シャッターにおいて、

(B)  上記コンデンサーCに抵抗器Rを並設し、

(C)  かつ電磁石MにランプL等の表示部材を並設して、

(D)  所望時に光導電体Pに抵抗器Rを選択的に回路接続しうるように構成し、

(E)  かつ電磁石Mに替り表示部材を選択的に回路接続しうるように構成し、

(F)  上記電気シャッターが電光時間自動調定作動時に手持撮影可能な限界の露光秒時値に調定する被写界明度に対して、前記抵抗器R及び表示部材が回路接続された際にスイッチング機構が変動々作して表示部材を変様させるようにした、

(G)  電気シャッターにおいて手持撮影限界を表示する装置。

(二)  本件乙考案

(H) 被写界明度検知素子としての光導電体Pとこれを通じて充電されるコンデンサーCとで構成される電気的遅延回路と、該遅延回路によつてスイッチング動作を制御されるトランジスタスイッチング回路Tsと、該スイッチング回路の制御下にシャッター動作を規制する電磁石機構Mとを有する電気シャッターにおいて、

(I) 前記コンデンサーに切換スイッチを介して限界秒時値用の基準抵抗器Rを並設し、

(J) 調時値予測のために前記基準抵抗器Rを回路挿入して光導電体Pの抵抗値と該基準抵抗値との比較によつて調時値予知信号を得、かつ該予知信号をもつて前記スイッチング回路Tsを制御して表示用ランプ点滅機構Lを管制することにより調時値を予め推察しうるようになしてなる、

(K) 電気シャッターにおける調時予知装置。

三そこで、前認定の本件考案の構成要件及び別紙目録記載の被告製品の構造に基づき、本件甲考案と被告製品とを対比する。

(一)  原告は、被告製品のシャッタースピードが手持撮影限界速度より遅い場合にランプLが点灯して危険性を知らせる機構は、その原理及び作動態様とも本件甲考案と技術的に同一であつて、その技術的範囲に属する旨主張する。しかしながら、原理ないし作動態様自体に実用新案権が付与されているものでないことはいうまでもないから、被告製品の原理及び作動態様が本件甲考案と同一であるとしても、そのことをもつて、被告製品の表示装置が本件甲考案の技術的範に属するとはいえない。原告の右主張は、理由がない。ところで、本件甲公報によれば、本件甲考案は、公知の電気シャッター装置を利用して手持撮影限界を表示することを目的とする装置であることが認められるところ、昭和三六年八月一五日出願公告の特許出願公告昭三六―一三四九三号特許公報によれば、カメラにおける手持撮影限界表示を目的とする装置が、また昭和三八年五月発行「写真工業」によれば、電気シャッター装置における手持撮影限界表示を目的とする装置が、それぞれ本件甲考案の出願前の先行技術として既に存したことが認められるところであるから、本件甲考案は、右認定の先行技術と同一の目的を、本件甲考案の構成によつて達成すべく、一定の具体的な技術的手段を提供したものと解するのが相当である。

(二)  前掲甲第二号証によれば、本件甲考案の構成要件(A)が公知の電気シャッターの構成を指示するものであることが認められるところ、被告製品の表示装置を表わすものであることについて当事者間に争いがない別紙目録の記載によれば、被告製品は、被写界明度に応じて抵抗値が決定される光導電体Pを通じて充電されるコンデンサーCの端子電位を検知して作動するトランジスターT1、T1'及びT2からなるスイッチング機構の制御下に置かれた電磁石Mによつてシャッター動作を規制するようにした電気シャッターを装備していることが認められるから、本件甲考察の構成要件(A)を充足するものであることは明らかである(被告も、被告製品が本件甲考案の構成要件(A)を充足することは、これを認めているところである。)。

(三)  本件甲考案の構成要件(B)、(C)中の「並設」の語について、原告は、文宇どおり並び設けるという趣旨の用語である旨主張するのに対し、被告は、同様構成要件(B)においては、コンデンサーCと抵抗器Rとがスイッチを介して並列接続されるという趣旨に、同構成要件(C)においては、ランプLと電磁石Mとを二列に並べ、その一端は共通接続し、他端をそれぞれスイッチS4で切換接続するという趣旨に各用いられている旨主張する。そこで、審究するに、前認定の本件甲考案の登録請求の範囲の項の記載によれば、本件甲考案は、前説明の公知の電気シャッターにおいて(構成要件(A))、その電気シャッターの構成部材であるコンデンサーCに抵抗器Rを並設し(構成要件(B))、かつその電気シャッターの構成部材である電磁石MにランプL等の表示部材を並設して(構成要件(C))、所望時に光導電体Pに抵抗器Rを、電磁石Mに替り表示部材を選択的に回路接続しうるように構成し(構成要件(D)、(E))たものであるところ、本件甲考案の明細書の詳細な説明の項に、本件甲考案の装置の作動の説明として、「先ずシャッターチャージによつてスイッチS1が閉じられると、電磁石Mには第2トランジスタTr2を通して電源Eよりの電流が流れるので、該電磁石Mはシャッターの露光終了を司る部材を吸引しておる。この時短絡スイッチS2は閉成状態にある。同時に第1トランジスターTr1のエミツタ・コレクタ間にも電源電圧が印加されるが、ベース電位が短絡スイッチS2の閉成状態の為に接地と同電位となつて非導通状態となつて居る。この状態からシャッターレリーズが起動されると、これと同期して短絡スイッチS2が開き、被写界明度に対応する抵抗値を有する光導電体Pを通じてコンデンサCへの充電が開始され、同時に関連動作する機械的材によつて露光が開始される。そしてコンデンサーCの端子電位が所期の一位(「定」の誤記と解される。)電位に達すると第1トランジスターTr1のベース電位が上昇し、之が導通状態となる。逆に後段のトランジスターTr2のベース電位が低下するので、之が非導通状態となる。従つて、これまで電磁石Mに通じて居た該トランジスターTr2のコレクター電流が断たれて、上記露光終了を司る部材の吸引が解除される。而してシャッターが動作し閉成する。」(本件甲公報一頁2欄二八行目ないし二頁3欄一二行目)と構成要件(A)の電気シャッターの作動を説明したうえ、続いて、「ここで手持ち撮影限界を知る為に、連動スイッチS3、S4、S5によつて光導体Pに抵抗器Rを電磁石Mの替りに例えばファインダー内に設けた指示用のランプLを接続する。この時、予め調定された抵抗器Rの抵抗値R0が、式(ここにEは電源電圧、Rcdsは表示限界時の光導電体Pの抵抗値、eは第1トランジスターTr1の非導通時のエミツタ即ちA点の電位とし限界と対応した適当な値を選択しておく)の関係を満足し、かつ指示ランプLと直列抵抗rとの合成抵抗値を電磁石Mの直流抵抗値と等しくなる様に選択してあるので、今被写界明度が充分大きく光導電体Pの抵抗が上式中のRcdsよりも小さければ第1トランジスターTr1のベース電位がeよりも大きく之を導通状態とし之により第2トランジスターTr2を非導通状態としランプLには電流を通じない。又被写界明度が手持ち撮影が困難な程度の露光時間を与えるものであるとき、光導電体Pの抵抗はRcdsより大となり第1トランジスターTr1のベース電位がeより小さく之を非導通状態に保ち第2トランジスターTr2を導通状態とするのでランプLに電流を通じ手持撮影では撮影が困難であることを表示する。」(本件甲公報二頁3欄一二行目ないし三七行目)と構成要件(B)、(C)、(D)及び(E)の構成による作動について説明されている。右認定の本件甲考案の構成及び作動に関する詳細な説明の項の記載によれば、本件甲考案では、電気シャッターの作動時においては、抵抗器Rは、コンデンサーC及び光導電体Pのいずれにも接続されておらず、コンデンサーCのみが光導電体Pと直列接続し、手持撮影限界表時においては、コンデンサーCに抵抗器Rが並列接続されたものが光導電体Pに直列接続され、かつその際電磁石Mの替りにランプLを接続する構成をとつているものと認められる。本件甲考案の構成要件(B)、(C)の「並設」の語は、右のとおり解すべきである。

原告は、本件甲考案では、電気シャッターのスイッチング回路中のコンデンサーCに抵抗器Rを並べ設けておいて、検知に当つては、コンデンサーCに替えて抵抗器Rを電気シャッターのスイッチング回路に接続するという回路構成をとつており、この際抵抗器Rが光導電体Pに回路接続されることのみが必要不可欠の要件であつて、コンデンサーCと回路接続されようとされまいと本件甲考案の要旨とは無関係である旨主張する。しかし、本件甲考案の明細書及び図面(本件甲公報)には、本件甲考案について、手持撮影限界表示時には光導電体Pに抵抗器Rのみが直列接続されていさえすればよいという構成は何ら示されていない。前認定の本件甲考案の構成要件(A)、(B)から明らかなとおり、電気シャッター装置として光導電体Pに直列に接続されているコンデンサーCに抵抗器を並設したというのであり、かつ前説明のとおりの作動をするというのであるから、右接続関係は、前認定のとおりに解するほかはない。更に、本件甲考案の明細書の詳細な説明の項には、本件甲考案の作用効果として、「表示を行う為に電気シャッター装置自体に特に機構変換等を必要とせず、従来の電気シャッター装置をそのまま利用することが出来ると共に表示装置を附加したことにより電気シャッターの動作を何等阻害するようなことがない。」(本件甲公報二頁4欄一〇行目ないし一五行目)旨記載されているが、右記載の作用効果を奏するためにも、前認定のとおりの接続関係でなければならないことが明らかである。原告の右主張は、理由がない。

他方、被告製品の表示装置を表わすものであることについて当事者間に争いがない別紙目録の記載によれば、被告製品では、コンデンサーCと抵抗器Rを直列接続し、コンデンサーCにスイッチS3、抵抗器RにスイッチS9をそれぞれ並列接続することにより、電気シャッターの作動時には、コンデンサーCのみが光導電体Pに直列接続され、手持撮影限界表示時には、抵抗器Rのみが光導電体Pに直列接続されている構成であることが認められる。

そうすると、被告製品の表示装置におけるコンデンサーCと抵抗器Rとの接続関係は、本件甲考案の構成要件(B)の「並設」に該当しないものというべきである。

そこで更に、右接続関係について、本件甲考案と被告製品の表示装置における作用効果上の異同について考究するに、原告は、本件甲考案では、検知装置として働く場合には原告主張のC図のとおりに、電気シャッターとして働く場合には原告主張のD図のとおりになり、C図の場合上方からa点に流入した電流は、コンデンサーCの電気特性のため定常的にはコンデンサーC分岐には流れないで、抵抗器R分岐にのみ流れ、この状態は被告製品の回路における原告主張のA図の場合と同一である旨主張するのに対し、被告は、右C図の場合a点に流入した電流は、抵抗器R分岐に流れるとともにコンデンサーC分岐にも充電々流が流れ、ここにコンデンサーC、抵抗器R並列の遅延回路を構成して誤点灯をするという重大な欠点をを生ずるが、被告製品にはそのような欠点がない旨主張する。被告の右主張に対し、原告は、誤点灯が生じるのは、C図のa点にコンデンサーCが接続されているため、そこに電流が流れ込むことの結果としてa点の電圧が低くなるからであるが、それも、コンデンサーCが電気で一杯になるまでのことであるから、ごく瞬間的な過渡的な現象であり、コンデンサーCがごく短い時間に充電されると、その後はもはや電流はコンデンサーC分岐には流れず、定常的な状態として抵抗器R分岐の方に流れ続けることになるのであつて、右過渡電流が瞬間的に流れることは、本件甲考案の本質には何ら関係しないし、また現実問題としても無視しうることである旨主張する。ところで、本件甲考案において誤点灯が生じるのが過渡的現象であることは、被告もこれを認めるところであるが、事は短時間にされるカメラ操作における手持撮影限界表示に関するものであるから、誤点灯が生ずるということは、所期の表示機能を発揮させるためには解決されなければならない事項であつて、過渡的現象であるからといつて無視しうることではないというべきである。原告は、誤点灯が生ずるのを避けるためには、ランプLを適宜選定してその抵抗を加減することによつて、このような短時間電流が流れるだけではランプLがつかないようにすれば足りる旨主張する。しかし、ランプ抵抗を増すことにすれば、表示時のランプの輝度が小となつて判別を困難にし、本来の表示機能を損うものである。これに対し、被告製品では、検知装置として働く場合、原告主張のA図のようになり、スイッチS3でコンデンサーCを短絡して回路素子として作用しない状態にしてスイッチS9を開くことによりトランジスターT1のベース・エミッタ間に抵抗器Rを介入するように構成してあるため、電流は、抵抗器RからスイッチS3を通つて右方へ流れ、コンデンサーCには流れないので、遅延回路を構成せず、従つて誤点灯が生じることはない。被告製品の場合、鋭敏なランプを使用しても同様である。原告は、ランプLに過渡電流が流れるのを避けるためには、別個の開閉スイッチを設ければよい旨主張するが、このようなスイッチを設けることについては、本件甲考案の明細書及び図面(本件甲公報)には何ら記載がなく、かえつて前認定のとおり本件甲考案が電気シャッター装置自体に特に機構変換等を必要としないで表示装置を付加したものであることに照せば、本件甲考案において原告が右主張するスイッチを設けるというようなことは考慮外のことであつたと解せられる。

なお、原告は、被告製品の回路においては、抵抗器RとコンデンサーCが縦に並べ変えられており、更に切換スイッチの替りに二個の開閉スイッチが使われているが、それらの作用効果は、本件甲考案の構成要件(D)と同様、所望時に光導電体Pに(コンデンサーCに替つて)抵抗器Rを選択的に回路接続することである旨主張する。しかし、被告も主張するとおり、本件甲考案では、前認定のとおりの構成をとつたので、コンデンサーCに充電された電荷を放電するために、スイッチS2を必要とするが、被告製品では、スイッチS3が放電の作用を果すので、特に放電用のスイッチを別に必要としないとの差異がある。更に、本件甲考案では、前認定のとおり、抵抗器Rをスイッチを介して電気シャッターのコンデンサーCに並列接続する構成であるから、抵抗器Rとスイッチとを接続するだけで、特に機構変換等を必要としないのに対し、被告製品では、トランジスターT1のベースに抵抗器RとコンデンサーCとを直列に接続するため、電気シャッター装置の基板内に抵抗器Rを組み込まなければならないという差異がある。

以上のとおりであつて、被告製品は、本件甲考案の構成要件(B)、(D)を充足せず、かつその作用効果も本件甲考案のそれと異なるものである。

そうすると、その余の点について判断するまでもなく、被告製品は、本件甲考案の技術的範囲に属しないものというべきである。

四次に、前認定の本件乙考案の構成要件及び被告製品の構造に基づき、本件乙考案と被告製品とを対比する。

(一)  原告は、被告製品の表示装置において、電気シャッターによつて決定されるシャッタースピードが手持撮影限界速度より速い場合に青ランプがついて手振れの心配のないことを知らせる機構は、本件乙考案の技術的範囲に属する旨主張する。

ところで、本件乙公報によれば、本件乙考案は、公知の電気シャッターにおいて、シヤッターレリーズ時に自動的に制御される露光時間をレリーズ操作に先立ち予め推察することのできる調時値予知装置に関し、本件乙考案の構成要件(H)が右公知の電気シャッターの構成を指示するものであることが認められるところ、被告製品の表示装置を表わすものであることについて当事者間に争いがない別紙目録の記載によれば、被告製品は、被写界明度素子としての光導電体Pとこれを通じて充電されるコンデンサーCとで構成される電気的遅延回路と、該遅延回路によつてスイッチング動作を制御されるトランジスタースイッチング回路と、該スイッチング回路の制御下にシャッター動作を規制する電磁石機構Mとを有する電気シャッターを具備していることが認められるから、本件乙考案の構成要件(H)を充足することは明らかである(被告も、被告製品が本件乙考案の構成要件(H)を充足することは、これを認めているところである。)。

(二)  そこで、被告製品が本件乙考案の構成要件(I)、(J)を充足するか否かについて検討する。原告は、本件乙考案の構成要件(i)の「並設」の語は、文字どおり並べ設けるという趣旨の用語である旨主張するのに対し、被告は、コンデンサーCと抵抗器Rとがスイッチを介して並列接続されるという趣旨に用いられている旨主張する。

そこで考究するに、前認定の本件乙考案の登録請求の範囲の項の記載によれば、本件乙考案は、前説明の公知の電気シャッターにおいて(構成要件(H))、その電気シャッターの構成部材であるコンデンサーCに切換スイッチを介して限界秒時値用の基準抵抗器Rを並設し(構成要件(I))、調時値予測のために右並設した基準抵抗器Rを回路挿入して光導電体Pの抵抗値と該基準抵抗値との比較によつて調時予知信号を得、かつ該予知信号をもつて前記スイッチング回路Tsを制御して表示用ランプ点滅機構Lを管制することにより調時値を予め推察しうるようになしてなる(構成要件(J))ものであるところ、本件乙公報によれば。本件乙考案の明細書の詳細な説明の項に、本件乙考案の装置の作動の説明として、構成要件(H)の電気シャッターの作動を説明したうえ、「この様に常時は周知の電気シャッター動作を行う本考案装置に於いて撮影に先立つて上記自動的に調定される調時値を推察するには、連動スイッチS3及びS5を図上記号※側に切替えて、光導電体Pに限度(「界」の誤記と解される。)秒時値用の基準抵抗器Rを接続し、同時に例えばファインダー内に配設した表示用ランプ点滅機構Lを動作可能な状態に置く。この時、予め調定された基準抵抗器Rの抵抗値R0が式(ここにEは電源電圧、Rcdsは光導電体Pの抵抗値、eはトランジスタスイッチング回路Tsの反転導(「動」の誤記と解される。)作入力電圧)の関係を満足するように選定してあるから、今、被写界明度が充分大きくて光導電体Pの抵抗値Rcdsが上記式中を満足する値よりも小さければ、該光導電体Pと基準抵抗器Rとの接続点Aの電圧がトランジスタスイッチング回路Ts反転動作入力電圧eよりも大きくなる。従つて該回路Tsが非導通規制の状態への反転動作をする。その結果表示用ランプ点滅機構Lへの通電が断れ、該機構Lは消灯状態にある。一方、被写界明度が非常に小さくして光導電体Pの抵抗値Rcdsが非常に大きい場合には、前記接続点Aの電圧が高くてトランジスタスイッチング回路Tsを導通状態に維持するから、表示用ランプ点滅機構Lは点灯状態にある。即ち前記電気シャッター動作時の光導電体Pが例えば調時1/30秒の手持撮影の限界となるような遅延時間制御を行う抵抗値Rcdsに対して上式を満足するように基準抵抗器Rの抵抗値R0を定めれば、上述のトランジスタスイッチング回路Tsの反転動作は調時値1/30秒を電気シャッターに与えるような被写界明度を境に被写界の明るさに応じて行われることとなる。」(本件乙公報二頁3欄二二行目ないし4欄一二行目)と構成要件(I)、(J)の構成による作動について説明され、続いてその効果として、「従つて、このトランジスタスイッチング回路Tsの規制を受ける表示用ランプ点滅機構Lの状態を認知することによりその時の撮影条件の下での電気シャッター動作による調時値がどの範囲にあるかを推知することが出来る。この様に基準抵抗器Rの抵抗値R0を意図する限界秒時値に対応する値に適宜設定することにより電気シャッター動作による調時値をその限界秒時値を境にして表示用ランプ点滅機構Lの指示により推知することが出来る。」(本件乙公報二頁4欄一三行目ないし二二行目)と記載されている。右認定の本件乙考案の構成及び作動に関する詳細な説明の項の記載によれば、本件乙考案では、電気シャッターの作動時においては、基準抵抗器Rは、コンデンサーC及び光導電体Pのいずれにも接続されておらず、コンデンサーCのみが光導電体Pと直列接続し、手持撮影限界表示時においては、コンデンサーCに基準抵抗器Rが並列接続されたものが光導電体Pに直列接続されている構成をとつているものと認められる。

原告は、本件乙考案では、構成要件(I)において、並設される部材としてコンデンサーCと基準抵抗器Rとがあることを示し、続いて、構成要件(J)において、基準抵抗器Rを調時値予測のために回路挿入して、光導電体Pの抵抗値と該基準抵抗値との比較によつて調時予知信号を得るよう構成されていることを必要とする旨記載されているのであり、反面、調時値予測以外のためには、基準抵抗器Rは回路挿入される必要はなく、光導電体Pの抵抗値と該基準抵抗値との比較を必要としないことを示しており、基準抵抗器の回路挿入がコンデンサーCと並列接続を来すか否かは考案の要素とは無関係である旨主張する。しかしながら、本件乙考案の明細書及び図面(本件乙公報)には、本件乙考案について、手持撮影限界表示時には、光導電体Pに抵抗器Rのみが直列接続されさえすればよいという構成は何ら示されていない。かえつて、本件乙考案の構成要件(I)に示されているとおり、公知の電気シャッターのコンデンサーCに切換スイッチを介して基準抵抗器Rを並設するというのであるから、電気シャッター装置として光導電体PにコンデンサーCが直列に接続されている構成における右コンデンサーCに切換スイッチを介して基準抵抗器Rを並設したということを意味することは明らかである。従つて、その接続関係は、前認定のとおり解すべきである。原告の右主張は、理由がない。

他方、被告製品では、前認定のとおり、コンデンサーCと抵抗器Rを直列接続し、コンデンサーCにスイッチS3、抵抗器RにスイッチS9をそれぞれ並列接続することにより、電気シャッターの作動時には、コンデンサーCのみが光導電体Pに直列接続され、手持撮影限界表示時には、抵抗器Rのみが光導電体Pに直列接続される構成である。

そうすると、両者は、その構成を異にし、被告製品は、本件Z考案の構成要件(I)を充足しないものというべきである。

そして、本件乙考案と被告製品との右構成上の差異のため、本件乙考案では、誤点灯が生じ、被告製品では、誤点灯が生じないという作用効果上の差異をもたらすことは、本件甲考案と被告製品との対比に関する前説明と同一である。

なお、本件乙考案では、コンデンサーCの放電用スイッチS2を必要とするのに対し、被告製品では、それを必要としないという構成上の差異があることについても、本件甲考案と被告製品との対比に関し先に説明したことと同一である。

ところで、本件乙考案の構成要件(J)の「調時値」及び「調時値予知」の語の意味に関し、原告は、本件乙考案は、電気シャッターによつて決定されるシャッタースピードが予め定めてある特定の数値を境にして一方(その一方を速い方と定めるか遅い方と定めるかは設計上自由に選択できる。)にあることを信号によつて知らせる装置であり、従つて本件乙考案の一つの実施態様として、特定の数値を手持撮影限界速度と設定し、シャッタースピードがこの手持撮影速度より速い場合にランプが点灯するよう設計、構成することができ、被告製品の青ランプ点灯機構は、正に本件乙考案の右実施態様にそのまま該当する。しかしながら、前認定の本件乙考案の明細書の詳細な説明の項の記載によれば、予め調定された基準抵抗器Rの抵抗値R0が、式の関係を満足するよう選定してあるから、被写界明度が充分大きく光導電体Pの抵抗値が上記式中を満足する値よりも小さければ、該光導電体Pと基準抵抗器Rとの接続点Aの電圧がトランジスタスイッチング回路Ts反転動作入力電圧eよりも大きくなり、従つて該回路Tsが非導通規制への反転動作をし、その結果表示用ランプ点滅機構Lへの通電が断れ、該機構Lは消灯状態にあり、一方被写界明度が非常に小さくて光導電体Pの抵抗値Rcdsが非常に大きい場合には、前記接続点Aの電圧が高くてトランジスタスイッチング回路Tsを導通状態に維持するから、表示用ランプ点滅機構Lは点灯状態にある旨説明されているに止まり、原告主張のように被写界明度が大きい場合にトランジスタスイッチング回路Tsが導通状態になりランプが点灯状態にあることを示す構成及び動作についての記載はない。また、原告は、「調時値予知」とは、公知の電気シャッター装置が撮影時において被写体の明るさに応じて決定するシャッタースピードを意味する「調時値」が、前もつて本件乙考案の装置にセットしてある特定の数値よりも速いか遅いかをランプの点灯の有無によつて予知することを意味するのに対し、被告は、「調時値予知」といつても、本件乙考案では、特定の数値、例えば限界秒時値を1/50秒とすれば、これより遅い場合にランプが点ずるに過ぎない旨主張する。しかしながら、本件乙考案の明細書には、前説明のとおり記載されているに止まり、特定の数値よりも速いか遅いかをランプの点灯の有無によつて予知する構成については何ら記載されていない。原告が、原告の右主張を裏付けるものとして掲げる本件乙考案の明細書の詳細な説明の項の記載(本件乙公報二頁4欄三二行目ないし四一行目、同一三行目ないし二二行目)にしても、前認定の本件乙考案の装置の動作について説明を受けた記載であることは明らかであつて「調時値が前記限界秒時値を境にした範囲の一方にあることを指示する信号を得ることが出来」(同三六行目ないし三八行目)るのも、本件乙考案の装置が前認定のとおり動作するからであり、また「調時値がどの範囲にあるかを推知することが出来る。」(同一六行目、一七行目)のも、「調時値をその限界秒時値を境にして表示用ランプ点滅機構Lの指示により推知することが出来る。」(同二〇行目ないし二二行目)のも、同様本件乙考案の装置が前認定のとおりに作動するからである。原告の右主張は、理由がない。

これに対し、被告製品は、別紙目録記載の構成をとることによつて、被写界明度が調時値以上の明るさである場合でも、青ランプが点じてこれを知らせる構造を有する。

そうすると、被告製品の青ランプ点滅機構は、本件乙考案の構成要件(J)にいう「調時値予知」機構に該当するとはいえない。従つて、被告製品は、右構成要件(J)を充足しないものというべきである。

(三)  以上のとおりであるから、その余の点について判断するまでもなく、被告製品は、本件乙考案の技術的範囲に属しないといわなければならない。

五よつて、原告の本訴請求は、その余の争点にについて判断するまでもなく、理由がないので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(荒木秀一 牧野利秋 清水利亮)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例